赤坂さんはテレビや雑誌に出まくっている。もしかすると、お金を稼ぐためなのではないかと思ってしまった。本当に、申し訳ない。五月に渡米する予定が決まった。今日は二十五歳の誕生日だった。ナースもドクターも天からのプレゼントだと言って喜んでくれた。「久実、誕生日おめでとう」お母さんは私に可愛いバッグをプレゼントしてくれた。真っ白な病室に目立つ真っ赤なバッグ。これを早く使える日がくればいいなと胸に期待が膨らむ。「四月十七日。十六時七分に久実が生まれたのよ。本当に幸せだった。すごく小さくて可愛くて一生、守っていきたいと思ったの」お母さんは誕生日のたびに、この話をしてくれる。「これからも、お母さんの大事な久実でいてね。一緒に頑張ろうね」お母さんは午後からパートがあるらしく帰った。朋代や赤坂さんの妹の舞さんなど、バースデーメールが届いた。ほっこりした気持ちでいると、足音が聞こえた。トントンと開いているドアの横の壁を叩かれて見ると、赤坂さんが立っている。かなり久しぶりに会う赤坂さんは、痩せた感じがした。「おう」「赤坂さん…………」「誕生日だろ? 会いに来てやったぞ」頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。ソファーの隣にある椅子に座ってプレゼントを渡された。細長い箱だ。なんだろうと思っていると「見てみろ」と言われてゆっくりリボンを解いた。ゴールドの包装紙を外して、箱を開けると……ネックレスが入っていた。「俺のファンだったらわかると思うけど」「…………赤坂さんがプロデュースしたジュエリーブランドの、一点物」「大正解。さすがだな」世の中にはかなりの額を払ってもこれを欲しがる人が大勢いるのに、私なんかにいいのだろうか。パールを包むようにダイヤでハートを作っている。「これ、初めて久実に会った時の髪型を参考にしたんだ」ツインテール……。まさか、私をイメージしてくれたなんて。感動しすぎて涙があふれてきた。私は、赤坂さんに何かを返せているのだろうか。
「おー嬉しいか」「うん」楽しそうに笑っている赤坂さん。私は……赤坂さんのことが、大好きだ。好きで、好きでたまらない。ファンという枠を超えて、こんなにも好きになっていいのだろうか。赤坂さんのことが、大好きだ。「なかなか連絡できなくて悪かったな」「ううん。忙しかったんだよね」「まあな。男は稼ぐ生き物だろ」長い足を組んだ赤坂さん。「あのね、アメリカに五月三日に行くことになったの」「そっか。いよいよ、だな」好きだと言いたい。けれど、それはちゃんと帰って来てから言いたい。だから、今はぐっと堪える。「なぁ。それ、つけてくれない?」「……こ、こんな恐れ多いもの……無理。家宝にする」「あ? 馬鹿か。つけるためにアクセサリーはあるんだっつーの」貸せと言われて赤坂さんはネックレスを持った。前から手を回して、抱きしめるような形でつけてくれる。けれど、なかなか終わらない。あまりにも近い距離に耳が熱くなって、心臓が激しく動き出す。赤坂さんの爽やかであり男っぽい匂いが鼻を刺激する。それは、私の心を惑わすアロマのようだ。「ま、まだ?」冷静なふりをして質問する。「まだ」すごく密着していて、ドキドキする。赤坂さんの硬い胸におでこがくっついてしまう。だってネックレスをつけるなんて数秒で終わるのに、この体勢のままでしばらくいるのだから、鈍感な私でもわざとなんだと気がついてしまう。「……まだ?」「あーもう少し」「もうちょっと付けやすく作ったら?」「俺のプロデュースした物に文句があるって?」「いいえ」圧力、ハンパない。だけど、こういうところも好き……。やっとつけてくれた。赤坂さんは離れて目を細めて見ている。「似合う」「本当?」「世界一、似合う」手鏡を、引き出しから出して覗き込んで見ると、キラキラと光っている。病衣には似合わないけど、すごく嬉しくて赤坂さんに向かって微笑んだ。「ありがとう。男の人からアクセサリーをもらうなんて、この人生でないと思ってた」真剣な表情で私を見ている赤坂さん。今までに見たことない男らしい顔をしている。ますます、好きが増えていく……。「……………あのさ、戻ってきたら大事な話があるから」「何?」「気になるか?」「とっても」「じゃあ、必ず生きて帰って来ること」「……うん」泣きそう。
*移植することを報告したら、色んな人がお見舞いに来てくれた。会社の人や、朋代をはじめとする学生の仲間たち。皆、元気づけてくれるけど……寂しさもこみ上げてきた。もしかすると、もう会えないかもしれないとついつい思ってしまうのだ。朋代がお見舞いに来てくれて、他愛のない話をする。「実は来年辺り結婚しようかと思ってて」「うっそー! おめでとう」「久実、結婚式で友人代表スピーチしてくれるよね?」笑顔が消えてしまう。だけど、慌てて笑顔に戻して「もちろんだよ」と明るく言った。未来の約束が増えるたびに心が苦しい。病気じゃない人だって明日はどうなっているかわからない。けれど、皆、当たり前に生きすぎている。本当は生きることって、とても素晴らしいことなんだ。「おめかしして、結婚式行かなきゃなぁ」「久実のウエディングドレス姿もきっと可愛いと思うよ」「そうだね。手術が成功してその夢が叶ったらすごく嬉しいな」「自分の夢は強くイメージすると叶うって言うから。私もイメージしておく」朋代が励ましてくれて気持ちが少し軽くなったような気がする。
そして、アメリカへ行く前日。赤坂さんは時間をこじ開けて会いに来てくれた。約束を必ず守ってくれる、赤坂さん。いつものように、口元をくいっと上げて笑みを浮かべている。手術が失敗したら……。臓器が私に合わなかったら……。もう日本へ帰って来ることができなかったら……。色んな不安が押し寄せてくる。「赤坂さん、今まで本当にありがとう」思わず最後の挨拶をしてしまった。「あ? 最後の別れみたいじゃん。帰って来たらいっぱい遊んでくれよ?」「…………うん」「舞も言ってたし。時間が取れたら温泉行きたいな」「赤坂さん、一緒に入ってくるから嫌」クスクス笑っている。「今度は綺麗に洗ってやるよ」「遠慮しておきます」「そんなに俺のこと嫌わないでくれ」こうやって何でもない会話をしているのが一番幸せだ。この時間がまた来ることを今は願って挑んでくるしかない。「いっぱい、いっぱい、勇気をありがとう。赤坂さん」「こちらこそ。支えてくれて感謝してる」赤坂さんは立ち上がって私の額にチュッと口づけて病室から出て行った。
*アメリカの病院で検査を受けてドナーを待つ日々を送っていた。ドナーが現れるというのは、誰かが死を迎えるということ。複雑な思いではあったけれど、その分、心から感謝をして生きていこうと思った。「お母さん」「ん?」「もしも手術が失敗だったら……。赤坂さんにこの手紙を届けてほしい」「ええ」「引き出しに入れておくから」「わかった」私は微笑んで窓に目をやった。それから数日後、ドナーが見つかった。手術を受けることになった。『赤坂さんへ。この手紙を読んでいるということは、手術が失敗したということ。そして、私は天国へ旅立っているということになります。はじめて手紙を書いた日。赤坂さんが会いに来てくれるなんて考えてもいませんでした。小さい頃から赤坂さんは私の理想の男性で、大きくなったら赤坂さんみたいな人と結婚したいと夢を持ってしまいました。赤坂さんとは本当にいっぱい思い出があります。くだらない話をして笑いあったことまで、全てが大事な思い出です。ネックレスをプレゼントしてくれたことも本当に嬉しかった。素敵な時間をたくさんありがとうございました。私の人生で、赤坂さんを超える男性にはなかなかめぐり逢えませんでした。赤坂さんは、私にとって世界一の男性です。生きている間に恋する心を教えて下さり、本当にありがとうございました。天国からも、赤坂さんの活躍を応援しております。 久実より』
5 ―大事な人―久実二十五歳 赤坂三十一歳赤坂sideアメリカの病院で頑張っている久実を思い浮かべながら、自宅マンションのベランダで缶ビールを喉に流し込んだ。移植が成功したと連絡をもらい、久実の母親からはかなり感謝をされた。少し様子を見て問題なければ日本に戻って来られるという。まだ久実とは話せていない。アメリカまで見舞いに行こうとも考えていたのだが、どうしてもスケジュールが合わずにそれは叶っていない。「はぁ……会いてぇなぁ」自分がこれほどまでに久実を必要としているなど、予想していなかった。いつからだろう。あいつをこんなに愛し始めたのは……。ただの子どもだったのに、こんなにも好きになってしまったんだ。久実の笑顔に癒やされて、励まされて、俺はどんどんと久実を愛していた。芸能界の仕事をしていると、美人は腐るほどいるが久実を超える女はいなかった。帰って来て、久実が退院した時に俺は久実に告白をするつもりでいる。仕事はしまくっていて体がすこしきついが、まあなんとかやっていけそうだ。ぼうっとしてきてそろそろ眠ろうかと思い部屋に入る。すると、スマホが鳴り出した。こんな時間に誰だろう……。「もしもし」『赤坂さん』「……久実?」『あーよかった! 起きてたんだね。時差があってよくわからないけれど……赤坂さん誕生日だよね』明るい声を聞くだけで、俺は泣きそうになった。電話越しだが、久実が生きていることを実感する。『赤坂さん?』「ありがとう」『ううん。何かプレゼントしたいけど、どうしたらいいかわからなくて。でも、おめでとうは言いたかったの』「ああ、すげぇ嬉しいよ」今すぐ抱きしめたい。久実を感じたい……。「元気に過ごしていたのか? 体調はどうだ?」『順調に行けば八月には日本に戻れると思う!』「ああ、待ってる」あと二ヶ月か。会いたい気持ちがどんどん募っていくのだろう。
*七月になっていた。スタジオ収録を終えて事務所によると、大樹が休憩室にいた。コーヒーメーカーと冷蔵庫。ソファーにローテーブルがあるだけの狭い部屋だ。「お疲れ様」「おう」大樹の隣に座った俺は、コーヒーを飲んで目を閉じる。「赤坂の好きな子って……心臓病なんだってな」「ああ、美羽ちゃんから聞いた?」「もしかして、妹の舞ちゃんと一緒にライブに来ていた子?」「正解」「移植費用……赤坂が出したのか?」「まあな」「だから、仕事やりまくってたんだな」「当たり前。好きな人の命は俺が守る」「言ってくれたら募金とか、協力したのに」俺は大樹の気持ちはありがたいと思ったが、睨みつける。「もしも、美羽ちゃんが一刻も争う状況だったとしたら。募金なんて呑気なこと言ってられないだろ」「………ごめん。だな」反省したようにうなだれていた。「もう大丈夫だ。移植は成功したから、帰って来るのを待つだけだ」「それはよかった」自分のことのように喜んでくれる大樹のことを俺は大親友だと思っている。運命に導かれて俺たちCOLORは結成したのだ。俺はデビュー前に大澤社長に声をかけられた。ファーストフードのカウンターに座って外を眺めながらぼんやりとハンバーガーを食べていた時だ。ガラス越しに急に俺の前に立ち止まった女性が俺に向かって指をさしてきた。意味がわからなくてきょとんとしていると店内に入り込んできて突然熱く事務所に入らないかと誘ってきたのだ。何かの勧誘かと思って話を聞いていなかったがこの一言が決めてだった。『あなたの人生変えてみない? カラフルな世界を見ることができると思うわよ』まったく知らないもの同士が集められて結成したCOLORだが、今では世界一信頼できる仲間となっている。「付き合ってはいないの?」大樹の質問に俺は情けなくなる。まだ久実は俺の女じゃないのだ。「ああ……。何度か伝えているんだけど……どうしても受け入れてもらえなくてさ」「純愛だな……」「大樹には負けるけど」大樹は笑う。そしてすぐ真面目な視線になった。「告白しないの?」「戻ってきたらするけど。あいつは俺のことどう思ってんのか。ファン以上になりたくないのか、わからないんだよね」俺と久実が恋人になれる日は来るのだろうか。歳の差だってあるし、俺のことをどう思っているのかさっぱりわ
八月になり、久実から帰国するとメールが届いた。経過が順調で無事に退院でき日本に戻って来られるそうだ。やっと会えるのだと思うと、嬉しくて何度も繰り返しそのメールを読んだ。日本の病院に入院し、しばらく様子見てから自宅に帰ることになっているそうだが、愛する人の命が延命されたことが何よりも幸せだった。そして、久実が帰国した日に、俺は病院へ向かった。入院していたのは個室で、部屋に入ると顔色がよくなっていて昼ご飯を食べ終えたところだった。「赤坂さん、ただいま!」「お帰り、久実」少しだけふっくらしたように見える。「九月には退院出来るって。少し自宅で体力をつけて、十一月には社会復帰もできるよ。薬を飲み続けなきゃいけないけど、こんなに体が楽になって、夢のよう。全部、赤坂さんのおかげだよ。ありがとう」笑顔を向けてくれる。俺は嬉しくて言葉にならなかった。「じゃあ、十月頃に退院祝いをしよう」「うん、ありがとう」目を合わせて微笑み合うことができる幸せを噛み締める。好きな人と、同じ場所で同じ空気を吸えることが、こんなにも素晴らしいことだと気がつかせてくれた。俺はずっと、久実と生きていきたい。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。